朝日新聞社

信長×IT もし織田信長がITを合戦に活用していたら? 戦国の合戦に学ぶ中小企業の成長戦略

信長×IT もし織田信長がITを合戦に活用していたら? 戦国の合戦に学ぶ中小企業の成長戦略

「桶狭間」の奇襲成功は偶然ではなかった?

中小企業の経営者は、一国一城の主だ。ビジネスから収穫を得て国(組織)を豊かにして、臣下である社員に恩賞で報いることが活動の源泉になっている。売り上げやシェアという領土を拡大するため、あるいは守るため、ときには戦わねばならない。慢性化する人材難、読めない景気変動の中で企業が成長していくのは、戦国の世を生き抜くよりも難しいかもしれない。

現代にあって戦国時代にないもの。その一つが、企業戦略を支える「IT」だろう。鉄砲のように目に見えやすいテクノロジーではないが、情報伝達やデータ収集といった、古代の合戦の頃からずっと重要な要素をサポートすることが可能になったのだ。

戦国を代表する武将、織田信長(1534~1582)がITを知っていれば、どのように活用していただろうか? 今回は、彼の有名な合戦から、現在のビジネスとの共通点を探ることにしたい。

信長の名を世に知らしめた合戦と言えば、桶狭間の戦い(1560)。尾張国に侵攻してきた今川義元の大軍2万5000人を、少数の軍勢で奇襲をかけて打ち破ったとされる戦いだ。勝利をもたらした理由として、信長が情報の重要性を認識していたという解釈を、司馬遼太郎などは唱えている。

桶狭間で最も手柄を立てたのは、義元を討ち取った毛利新介ではなく、簗田(やなだ)政綱という家臣だった。義元の所在の探索を命じられた簗田は、配下を四方八方に飛ばし、今川軍の動向を逐次、信長に伝えたという。義元が桶狭間で休息している情報を入手した信長は、電光石火の奇襲に成功したのだった。(※簗田政綱の功績については諸説あり、確定的な資料は見つかっていない。)

情報収集とリアルタイム共有は、今も昔も戦局を左右する重要な要素だ。常に時代の先を見据えていた信長であれば、チームでエリア全体をカバーするエリアマーケティングや、情報のリアルタイム共有のために、最新のクラウドを駆使していたことだろう。

さらに、信長が天下人へと大きく近づいた「長篠の戦い」や、IT導入に成功した現代の企業事例について検証していく。

 

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